サヴァランなど知らない

 色とりどりの女性がこちらを見ては通り過ぎていく。横に立つ少年を見上げて、バッツはさもありなんと頷いた。
 特徴的な耳はハンチングの中に仕舞い込まれ、細身のシャツとタイトなシルエットのテーラードジャケット、黒いスキニージーンズがしなやかな身体を飾っている。尻尾は本人曰く「見えなくした」とのことだ。それでもその辺りはウエストバッグで隠されていた。何かの拍子で見えてしまうのかもしれない。
 それはともかく。
 スレンダーな美少年が道端で淡々とソフトクリームを食べているのだ。無表情に口に運んでいるスコールはどうやら全く視線には気がついていない。食べたそうだったから買い与えてみたのだが、この反応はどうなのだろうか。絵的には非常に面白いが、喜んでいるのかどうかいまいち解りにくい。
 そもそも食べさせて良かったのだろうか。口数の少なすぎる彼はあまり自分のことについて語ろうとはしなかった。食生活は犬なのだか人間と同じ感覚でいいのか、それだけでも聞き出しておくべきだったかもしれない。
 コーヒーの空き缶をいじりながらバッツは横を向く。ボコの世話は先ほどティーダの父親に頼んでおいた。今日はとりあえずスコールと親交を深めることに専念するのだ。
「美味しい?」
 既に三分の二ほどになった小さな白い山の向こう、海の青がこちらを見る。伏せた睫毛は意外に長く、よく見なくてもつくづく美少年だ。
 こくり、と首が縦に動いた。
 家を出るときも思ったが、彼は仕草が微妙に幼い。顔立ちも僅かながら幼さを残しており、ともすれば冷ややかな振る舞いをやや緩和させている。
 出来た弟がいるとこんな気分なのだろうか。思わず頭を撫でそうになってストップする。犬のときから接触をあまり好んでいない様子だったのだ、親しくなったとは言い難い今、ちょっと反応が怖い。
「甘いのは嫌いじゃない」
「覚えとく。……ってか、普通におれと同じ食事して大丈夫、なんだよな?」
 また首が縦に動いた。
 バッツは基本的に他人との接触が好きだ。スキンシップ過多と言われることもある。しかし思わず伸びた手を誰が咎められるだろうか。
 ハンチングの上から頭を軽く叩けば、青い目が見開かれた。そのまま瞳は逸らされる。だが薄く色付いた頬が不快ではなかったと教えてくれてバッツはほっとする。
「食べ終わったら、昼ご飯行こうな」
「……ああ」
 シュガーコーンを齧る速度が、少しだけ速くなった。

「腹減ってたんだなあ」
 ファミレスの禁煙席、奥のボックス席。先ほどから用もなくお冷を注ぎに来るウェイトレス達も、少し引き気味だ。
 先ほど年齢を聞きだしたところ人間換算で十七歳らしい。そりゃ食べ盛りの育ち盛りだ。わき目も振らず皿と格闘するスコールは割と年相応に見えた。高い店に連れてこうとすると渋ったのはこうなると解っていたからなのだろう。
 追加オーダーはすでに三回を超え、テーブルの上に新しい皿を置く余裕はない。一週間と少しの空腹を満たすにはもう少し、必要かもしれない。
「それにしても」
 美味しそうに食べるものだ。相変わらずマイナス方向以外の表情はあまりないのだが、仕草が彼の心を如実に表している。スコールの心を把握するのは表情より動作の方が適切なようだ。一息ついた彼に烏龍茶のカップを渡してやる。
「……すまない」
「ん、いい食べっぷりで気持ちがいいよ」
 不意にスコールの横を見たバッツは気付いた。ウェイトレスの女の子達はまだ気付いていないようだ。ぱたぱたと嬉しそうに振られるそれは、何よりもスコールの気持ちを代弁している。
 可愛いなあ、と思いながら、バッツは静かに尻尾を指差した。


今のところバッツ←スーって感じ。スーは自覚アリ。
2009/03/03 : アップ