偶然と名付けられた運命

「また残してる……」
 一週間と三日くらい前に拾ってきた犬は不貞腐れてそっぽを向いている。額に傷のある彼の名前はスコール。そして風邪が全快し今日登録に行ってきた新米飼い主バッツは、彼専用のフードボウルを睨みつけていた。
 そもそもこの犬、なんだか妙な人間臭さがありまるで犬に見えない。一度だけ(それも、熱に浮かされていた状況で)人型になったスコールに看病された気もするが納得できる。そんな恩もあるしと、なるべくいい食事をさせようと高いドッグフードを買ってきたのだが、気に入らないのか食べない。いや、少しは食べるのだが必ず残す。
 その度に不貞腐れてソファの上に陣取っているのだからどうすればいいか解らない。首輪も嫌がって散歩に行かせることも出来ていないのだ。どう考えても飼い主失格である。
「免許取っとけば良かったよ」
 恨みがましくソファを見てみれば、スコールはこちらを見ていた。だが、バッツと目が合うとすぐに逸らす。
「散歩行かない?」
 その言葉にも彼は反応してはくれなかった。

 それが今朝のこと。そう告げてやれば、目の前にいる少年は楽しそうに笑った。
「ほんと、人間みたいなやつッスねー。それなら多分、その内なんとかなるッスよ」
「だといいんだけどなー」
「大丈夫!オレが保障するッス!」
「頼りになるよ」
 管理人の息子で、世間的にもめちゃくちゃ有名人のティーダは「バカにすんなッス!」と頬を膨らませた。今日は珍しく予定がないらしく、新しい家族の増えたバッツのところを覗きに来たらしい。
 まだ高校生のはずだが、しっかりと時間を振り分けて生きていることにバッツはいつも感心する。
「でも、大丈夫ッスよマジに」
 横に来たボコに苺をやりながらバルコニーにいるスコールを見遣っている。少し大人びた瞳に、ティーダの本能的な思慮深さが見えた。この純真な少年は、その瞳の純さで真理を見抜くことがある。
「ティーダ様のありがたーいお告げに従っときましょか」
「そうそう、それでよし!……さて、オレそろそろ練習行ってくるッス」
「おー、頑張れおれ超応援してるからな!」
 賑やかしい少年を見送ると、バッツは後ろを振り返った。

 バルコニーの入り口にボコにやたらめったら髪を突かれている顔の整った男がいる。体格はバッツと同じくらいだが、彼のが少し筋肉質だ。「やめろ!」だの「痛い!」だの言っている声に聞き覚えがあった。
 男、というよりも少年、のが近いだろうか。ただ、彼の持つ雰囲気が子供らしさを否定する。服は着てない。
 その美しい顔も印象的だが、それより耳だ。人間の耳ではなく、獣の耳が頭の横から生えている。髪の色と同じダークブラウンのそれはボコの格好の玩具になっている。
 ああいや、問題はそんなことじゃない。
「……スコー、ル?」
 少年の肩がびくりと震えた。ボコがバッツの肩に止まる。こちらを見た瞳はブルーカーバンクルの不可能の青。それは何度も逸らされた、あの瞳と同じ色だった。
「えっと、あ、そりゃドッグフード嫌だよな……」
 困った。少年の額に走る傷も、『スコール』と同じものだ。それが真であれば、と願ったのは事実だが現実になってしまうとどうも面映い。
 ぱたぱたと揺れる尻尾が場違いに可愛い。
「……あまり、見るな」
「あ、ご、ゴメン」
「服」
「え?あ、うん、待ってな…………」
 我に返りとりあえず未使用の下着と簡単な服を持ってくる。シャツとローライズジーンズだが、彼の好みには合わなかったらしく眉根が寄った。それでもしぶしぶ着ている姿がなんとも言えず、バッツは緩む頬を抑えられない。
 冷たい雰囲気と行動の幼さが噛み合っていないのだ。
「買い物いこっか」
「なっ」
「好きな服買ってやるよ。こう見えても意外と金持ちなんだぜ」
 手を差し出せば、紅くなった頬を隠すかのように明後日の方を向いて握ってくれた。尻尾がまた、ぱたぱた揺れた。
「そういや、名前教えてよ」
「……あんたが、付けたじゃないか」
「え?」
「それで合ってる」
 渡した帽子とコートを着込んだスコールは、そう言ってドアを開けて先に出て行ってしまった。


本当の名前を当ててくれた人に飼われるとかそんな感じ。
2009/02/23 : アップ