夜中、彼が遠くを見ていることがある。夜の火の番を積極的に引き受ける彼はいつかの失態を取り返そうとしているのか、常にどこか気を張っている。だが遠くを見ているときは何もなく、透明なだけの気配だ。
 時々歌っていることもある。不思議なメロディーは耳に馴染みやすく、どこか懐かしい雰囲気を纏っていた。
「……バッツ?」
「あれ、スコール」
 今夜もまた歌っていた彼はテントから這い出したスコールを見て目を瞬かせた。赤く照らされた顔を笑顔に変えると、座っていた丸太の端に寄る。
「眠れないのか?」
「いや…………」
 歌声が気になって、とは言えず無言で横に座る。少しだけ笑ったバッツは、ポットからお茶を注いでスコールに手渡した。肩にかけていたブランケットの半分も渡される。
 無言で受け取ると嬉しそうに手を握られた。
「寒かったのか?」
「違う。……今日は冷えるな」
 不安定な世界は気温の変化も激しい。安定していることは滅多にない。そんな中、バッツの持つ旅の知識は役に立っていた。スコールもジタンも旅を経験しているが、生活の一部とまではいかない。
 そうだな、と応えたバッツはまた遠くを見ていた。
 隣に居るスコールのことは目に入っていないらしい。ずきん、と胸の奥が痛む。
 旅人という称号は彼の本質そのものだ。思いはひたすら前を見据えている。未知を踏破することが彼の最優先命令であり、ひとところに留まることを良しとしない。繋いでいる手の暖かさもバッツを引き止めるには至らないのだ。
「昨日は暑いくらいだったのになー。体調、大丈夫か?」
「……馬鹿にするな。そんなに柔には出来ていない。」
「だけど、なんかあったんだろ?」
「何もないが」
 眉を上げたバッツはそれ以上何も言わずに焚き火へと目を落とした。冷えた指先を暖めるためカップを抱えて一口啜る。ハーブティーのようだ。しっとりと香る甘さが暖かい。
 バッツと繋いだ手はカップよりも暖かいのに、バッツがどう思っているのか全く解らない。郷愁に満ちたメロディーとは裏腹に、バッツは風と共に歩いていってしまう。懐かしいと言いながら振り返ることは決してしないのだ。
 きっとスコールとバッツの道が分かれてしまえば、躊躇いも無く手を振るだろう。実際に分かれればスコールも同じ行動を取るだろうが内心は大違いである。彼はスコールのことを懐かしく思えど、振り返ってどこにいるか確認することはない。スコールは後ろを振り返りつつ、離れていく背中に引き裂かれるような想いをするに違いないというのに。
 息を吐くとカップの中に視線を落とした。揺れる水面は明確な像を結ばない。それすらもバッツの心を表すようで、舌が火傷するのも構わず飲み干した。
「…………もうね、たまには素直になったら?」
 いきなり抱き込まれて暴れてしまう。だがバッツは結構な本気で暴れたスコールをものともせず、更に強く抱きしめた。
「あー、スコールといると落ち着く」
「は、放せっ」
「やだ。だって引っ付いてないとスコール不安だろ」
 ふふ、と笑うとバッツは手を絡めて握りこんだ。指の間まで拘束されて力が抜ける。真剣な顔をした旅人は諭すように頬にキスをする。
「おれはスコールと一緒に行きたいんだ。置いてく訳、ないだろ」
 だからそんな置いていかれるような顔をしないで、そう囁かれて頭の芯が痺れていく。優しい眠気が全身をゆっくり満たしていく。そこでようやく、自分が不安になっていたことを自覚した。バッツの肩に頭をもたれれば一定のリズムで撫でられた。
 バッツはスコールの不安など知っていた。あの遠い目で何もかも見透かしているのかもしれない、と考えて否定する。何もかも、ではない。スコールの想いを彼は見透かしていた。旅人にとっては慣れた感覚なのかもしれない。別れを前に怯えているだけなのだから。
 しかしバッツは約束してくれた。スコールも共に、と言葉にした。心が軽くなっていくのを感じる。
「一緒が、いい」
「ん、だよな」
「三人、で」
「ああ。ジタンも一緒だ」
 だんだんと思考が睡魔に落ちていく。これだけは、と眠る前にバッツの手を握った。
「うた、聞きたい。あんたが、うたってる」
 答えの代わりにあのメロディーが聞こえ、そしてスコールはバッツの横で眠りに落ちた。安らいだ顔で、手を放さないままに。


はるかなる故郷最強BGMすぎる……。
2009/11/07 : アップ