彼が混沌の側に付いた、と淡々と語ったのは秩序側のリーダー格、ウォーリア・オブ・ライトだ。その声はただ事務的なものとして響き、誰もその言葉の意味を瞬間的に理解はしなかった。数呼吸遅れ、彼と比較的(彼は、誰とでも親しかったからその中でも特に、という意味で)親しかったジタンが絞るような疑問の声をあげ、それからようやくコスモスの面々は彼――バッツ・クラウザーの離反を理解した。
 ありえない、やら洗脳か、という言葉の飛び交う中、誰ともなしに視線は自分に向かう。そうなるのが解っていたから、自分の武装を視線が集まる前に確認していた。無表情も、無愛想も問題はない。声を震わせるなど論外だ。
 ここで自分が揺らめけば士気が落ちる。指揮官として動いていた勘がそう告げて、スコール・レオンハートはそれだけの男なのだろうと音にした。一言で一斉に静まり返ったメンバーはまたウォーリア・オブ・ライトを見る。スコールと同じことを本能で理解しているだろう勇者は同意の言葉を返し、以降バッツ・クラウザーは敵だと宣言した。
 それでその話は御仕舞だ。キャンプを張って休むだけである。
 とはいっても、ウォーリア・オブライト、そして兵士だったクラウドにセシル、スコール。この四人以外は事があまりにも予想外だったらしく仕方なく見張りは四人ですることになったのだ。

「スコール、気を落とさないようにね」
 横に座ったセシルが静かにそう、言う。他の二人は哨戒に出ており、火の番を二人ですることになった。交代で、のほうがいいと主張したのだがなぜかそれは却下されてしまった。この、物腰が柔らかいくせに押しの強い男のせいだ。
 何も言わずにスコールは火に薪をくべた。セシルは苦笑いし獣避けの香木を投げ入れる。
「君はああ言っていたけど、信じているんだろう?」
 どうだろうか。まぶしいあの男がバッツ・クラウザーの離反を心から信じていないのは明らかだ。そしてセシルもまた信じていない。これは勘だが絶対に合っている。クラウドはよくわからないが、哨戒に出る前に昔の仲間にスパイがいたが真に仲間になったというようなことを話していたから信じていないのだろう。
 また、どうだろうかと自問してみる。よく解らなかった。
 そもそもバッツ・クラウザーと自分の関係がスコールには巧く把握できていない。手を繋いでキスをして、そして抱き合った。好きだと囁かれて自分もと答えた。少なくとも伝え聞いた戦場での性欲処理とは全く違う過程と結果だ。
 だが心が通じていたのか、と自問してみればやはりわからない。どうしてこんなことになったのか、なぜ突然あの温もりと優しさが消えてしまったのか。
「バッツを信じてあげなよ、とは言えない」
 横を見ればセシルはどこかを痛めたような顔をしていた。彼がそんな顔をする理由もまた、わからない。わからないことばかりだ。
 セシルは美しい眉を顰めるとハンカチをスコールへ差し出した。
「だけど、君の想いを信じてあげるべきだと僕は思う」
 受け取らなかったハンカチが優しく頬に押し当てられた。
「いつ、から」
「大丈夫、知っているのは僕とウォーリア・オブ・ライトとクラウドだけだ」
 気付けなかった涙を拭き取られ、スコールは呆然とする。つまりセシルが寝ずの番を引き受けたのも、あまり感情的ではない二人が哨戒に出たのも自分の涙のせいなのだ。
 戦士として情けない、と思うのと同時に強い拒絶と、同じくらい強い安堵が胸を引き裂く。
「やめろ……ッ」
「気付いているんだろう?バッツを信じている自分と、信じたくない理性を」
「知らない、俺は、解らない」
 うわ言のように繰り返す。霞がかった朝の紫の光、セシルの瞳は幾度か瞬きを繰り返し、そしてスコールを見て微笑んだ。兄のような優しさが自覚した途端に強く溢れる涙をそっと拭う。
「スコール、落ち着いて。思考と理解を止めては駄目だ」
 柔らかに続けられる言葉に、つられるように言葉が洩れる。
「好き、なんだバッツが」
「ああ」
「なんで俺に、何も言わなかったんだ」
「そうだね」
「あいつは俺をなんとも思って」
「それはないよ、スコール」
 力強く否定するセシルを呆然と見る。笑う青年は薪を火に放り込むと、スコールにカップを渡した。
「バッツは君を巻き込めなかったんだと、僕は思ってる」
 温かくリンゴの香りがするハーブティーは今は居ない男が調合したものだ。今これを淹れられても辛いだけなのに、どうしてと思うが言う気力も起きずぼんやりとカップを見た。
 バッツ・クラウザー。スコールの恋人。この不確か過ぎる世界で、確かだった人。
「それはね、居なくなる前に君に、と託されたんだ」
 ぽとり、と角砂糖が落とされる。僅かに出来たミルククラウンが波紋となって消える。三人で旅していた頃、緊張と不安に張り詰めていたスコールとジタンにバッツが淹れたハーブティーだった。元々リンゴのような香りを持つお茶に、本当のリンゴを少し入れただけのそれが心を静めてくれた。どうだ、と自慢げに笑った顔を覚えている。
「あの時は突然何を言うのかと思ったけどね。……スコール、君が迷っているならいい事を教えてあげる」
「…………なんだ」
「そのお茶はね、カモミールとリンゴで出来てるんだ。カモミールの花言葉は逆境に負けない強さ。リンゴの花言葉は選ばれた恋と選択」
 思わずセシルを見た。きっと情けない顔をしていただろう。品の良い笑い声をたてたセシルは続ける。
「それでね、少しだけ入っているジンジャーの花言葉は信頼。バッツらしいと思わないかい?」
 何も言えずに頷いた。セシルの手がそっと頭を撫でる。
 こくり、と首が舟をこぐ。安らいだ心が睡魔を運んできた。抗うが、セシルが構わないというようにブランケットを身体にかけた。

「お休み、スコール」
 返事する間もなく、意識は泥濘の中へ。


泣きスコールを書きたかった。あと戦士系年上組に可愛がられるスコールが書きたかった。フリオはみんなのお母さんなので年下組を慰めてます。セシルはみんなのお兄さん。シリアスなのはここまでで、続きはギャグになりそうな。
2009/03/10 : アップ