「何をしているのです?」
 突然に現れた女に、スコールは目を向けた。

 これは夢だ。

「幸せか」
「ええ、この上なく」
 妖艶に微笑んだ魔女は腕を組み、ふわりと宙に浮く。彼女の周りは魔力の煌きで満ちている。黒く染まってしまった翼もまた。
 魔女アルティミシア。スコールの宿敵として仲間達に認識されていた彼女は、遠い遠い未来の魔女だ。他の仲間達とは違い、クリスタルやそれに類する力の結晶を持たないスコールの世界における、力の器。ただ力の器であることだけが彼女の存在意義となり全てを見失った魔女。
「なら、いい」
「あなたのおかげです」
 何もかも忘れているくせに、と心の中で悪態を吐けば魔女は聞こえたようにまた、微笑む。彼女は芝居染みた仕草で右腕を持ち上げ、天を仰いだ。
 空はただ歪んだ色を映し続けている。魔女は愛おしそうに空を眺める。目を眇め在る事だけが幸せだとでも言うかのように。
「私はただ無限の時に封じ込まれたかった」
「叶っただろう」
「あなたが叶えた」
「それがあんたの望みなら」
 そう、それが彼女の望みならスコールは幾らでも叶えられる。アルティミシアの願いはスコールの願いであり、彼女の祈りも同じだ。忘却の彼方、この世界による忘却ではなくここに来る前から彼女が忘れてしまっていた遠い遠い遥か過去の契約と愛と。
 忘却が彼女の望みで、だが忘却は彼女が最も忌避することだった。
「あんたが一つ、忘れなかった礼だ」
「…………スコール」
 例えばここで彼女の名前を呼べば何かが変わるのだろうか。だが、これは夢だ。アルティミシアはもうスコールに逢う事はない。あの異説の世界からスコールはすでに還って来てしまった。

 彼女が望んだ魔女の騎士は居なくなってしまったのだ。

「もう行け」
「ええ」
「俺は――」
 例え何を残せなくても彼女が何も覚えてなくとも、彼女が救われることだけを願う。死が彼女の救いになるなら何度でも何度でも彼女を斃す。
「そんなあなただから」
 アルティミシアが言葉を言い終える前に、慈悲のないベルが鳴り響いた。


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2009/02/10 : アップ