街の市場通りは人が溢れている。それなりに大きな宿場町だからだろう、露店に並ぶ品は様々な国から集められたものだ。商人たちの取引の声も聞こえ、ボコの手綱を引くバッツの視線もせわしなく動く。
 目的は食料品や新しい装備なのだが、これでは目的を果たすまでが大変そうだ。目が移ってしまう自身に苦笑しながら、バッツは大通りをゆっくりと歩いていく。歓声を上げる子供たちは果物を扱う露店の前で立ち止まり何事かを話している。同じ旅人らしき出で立ちの男はモンスターからの戦利品を買い取ってくれるよう交渉していた。
「色々あるな」
 頷くように鳴いたボコの頭を撫でる。先程見かけた露店で、ねだられた野菜を買ったため機嫌がいい。手綱を引かずとも自分で歩いてくれている。
 機嫌が悪いと一歩も動かなくなる癖に、と思うが、この親友に助けられたことは一度や二度ではない。ふらふらと市を見ていたところ、ある美しい宝石が目に入った。
「……あれ、なんだ?」
 ボコが不思議そうに首を傾げる。数歩崎の露店だ。そこだけ、切り取られたように鮮やかに映り知らずバッツは歩を進めていた。
 滑らかな、絹のような輝きを持つとろりとした青い宝石。天空に浮かぶ星を煌めかせ、じっとバッツを見つめていた。誘われるままに手を伸ばす。こんな美しい色を自分はどこで見たのだろう。
 覚えてはいない。だが、識っている。
「あら……、いい趣味ね」
 我に返った。店主である女性は白い肌によく合うルビーの首飾りを鳴らし、バッツの持つ宝石を指し示す。
「綺麗でしょう?でも、少しだけ青が弱くて、灰色がかってしまっているの。だから私などが扱えるのですけれど」
「これ、幾らだ?」
「ふふふ、自分で使うのかしら?それとも、良い人に?」
 ベールから覗く目は面白そうに輝いていた。淡い金色のふわりとした髪を市場の風に踊らせ、女性は他の宝石を指差す。
「ルビーは情熱と純愛。エメラルドは幸福と新たな始まり。あなたが選んだスターサファイアは幸運と天命。贈った恋人が不貞を働くと暗い灰色に濁るという噂も聞いたことがあります」
「へえ、面白いな。まあ、贈るわけじゃないんだけどさ」
「それにしては、随分と嬉しそうに見ていましたね」
「ああ……」
 この色を見ると、悲しいほどに恋しくなる。悲しいだけではなく、春の昼下がりのような温かさも感じられるようで、それはきっと幸せと呼ばれる色なのだろう。いつか、どこかで、誰かに会ったのだろうか。それとも、いつか、どこかで、誰かに会うのだろうか。
 覚えていない。だが、確実に灰青の宝石はバッツの中で重要な位置を占めていた。
 澄んだ音を立てた鎖が目の前に差し出された。目の前にいる露店商の女性に誰かが重なる。同じような淡い金色の長い髪、白い肌にほっそりとした指たおやかな声輝く絹。誰だっただろう。旅の間で出会った人だろうか。
 もう一度鎖が鳴って、その先に揺れる銀の動物の意匠を模したクロスにまた胸がかき乱された。
「受け取ってください、その宝石とこれは、あなたにこそ相応しい」
「いや……でも」
「いいの。私があなたに受け取って欲しいだけですから」
 ひどく真剣な瞳に、バッツはただ頷いた。ボコが興味深そうに横から覗き込んでくる。
「彼が、あなたの相棒なのですね」
 そう言って笑った女性の顔には深い翳りがあった。見惚れるままに受けとれば、やはりどこかで見たような顔で女性は笑った。
「ありがとう、旅の人。これで、私の思いも楽になります」
「役に立てたなら、光栄さ。なあ」
 どうやって口にすればいいだろう。既視感や見間違いどころではないこの不思議な思い。だが、露店主は首を静かに振った。
「お会いするのは初めて。ですが、運命というのは存在するのですね」
 暖かな顔に何も言えず、バッツはまた会えたらの約束だけをして立ち去ることにした。旅人には、そのくらいの運試しも必要なのだ。

「……あなたの言うとおり」
 チョコボと共に去る青年の後ろ姿を見据えたまま、淡い金色の女性は胸元のルビーに語りかける。
「これは、私の、自己満足です」
 やがて人と砂埃に紛れてバッツが見えなくなると、ゆっくりと俯き店先の商品を並べ直した。もう少しすれば、彼女も旅立たねばならない。どこよりも遥か遠く、誰にも知られない場所へ、もしかしたら誰かが知っている場所へも。
「世界が分かたれようともあの場所での想いは、嘘ではありませんから」
 それに、と言葉を続ける。
「たとえ、彼らがあの世界のことを覚えていなくても、あの世界とは違う人だとしても」
 自分を慕い、救おうともしてくれた彼ら。彼女が彼らの戦いの発端であり、そのために傷つく事になったというのに誰も希望を捨てることなく彼女についてきてくれた。それに対して自分は何をしたというのだろうか。何を以って贖えるのだろうか。
 思い出せとは言わない。それでも、あんなに切ない瞳をして笑うのならば、きっとどこかで憶えているだろう。いつか、それが実を結び彼らが再会できればいいと願う。
「まがりなりにも神と呼ばれていたのに、私は願うことしかできない」
 もとより無力な身だ。しかし、これほど些細なことでも、やらないよりはきっといい。ただそれだけを彼女は信じている。胸のルビーに手を当てると、彼女はそっと微笑んだ。
「……そうですね。後ろ向きな言葉では、彼にまで怒られてしまうわ」
 立ち上がり、バッツが進んだ先を見据える。
「ありがとう、私の戦士」
 それはこの世界では誰も知り得ない神の、誰も知らない神の、愛。


コスモスってどうなのかなという。前はすたに書いたヤツの焼き直しっていうかなんていうか。
2010/03/16 : アップ