服の上から隠れたペンダントトップを握る。強さという幻想、誇り高さという理想が静かに掌を冷えさせる。ゆっくりと染み込んでくる金属の硬さが早く脳にまで到達すればいい、とスコールは息を吐いた。
 空に浮かぶビュエルバの空中テラスは相変わらずの景観だ。夜の中でも変わらない美しい世界がきらりきらりと光っている。夜を飛ぶ飛空艇の光が宙を行き交い、消えていく。明日はかなり難易度が高いと判断されたモブの討伐に赴くというのに、いまだ己はこんな場所に居る。もう一度強く鈍い銀色を放っているであろうグリーヴァを握った。
 時折、どうしようもなく世界が恋しくなる。祖国とも呼べない祖国を飛び出してこのプルヴァマにやってきた時に見た景色。浮遊するプルヴァマの下に凪ぐ海も、地上から近い空の薄い青も美しいと素直に思った。強烈な疎外感が美しさを強調しているように思え、異邦人になった自分を感じたものだ。
 突き放されているからこそ求めてしまうのだろうか。ここにはスコールを知る者は居ない。クランの仲間は良くしてくれるが、一線を引いてしまう性格のために踏み込んだ付き合いは苦手だった。
 何を求めているのか、そんなことは簡単だ。だが、それを求めることは難しいことだ。いまや使い手のいないと言われる武器よりも、神を弑することよりも何よりも難しいのだ。スコールでなければきっと簡単なのだろう。だが、スコールはスコールとしてしか在れない。
 何度目か解らない溜息を吐いたとき、だった。
「うわーやっべ」
 驚いて声の方向を見れば、少し先に先客がいたらしい。しゃがみこんで恐る恐る下を覗き込んではすぐに引っ込んでいる。
 どうやら高所恐怖症らしい。ダルマスカ風の服装だが裸足だ。ダルマスカはあまり行った事はないが、靴をはかない習慣はなかったように思う。じっと見つめていたせいかその男が振り向いた。
「あ」
 顔には見覚えがあった。クランに出入りしている空賊の一人だ。スコールも数回だけ飛空艇に乗せてもらったことがある。なぜかチョコボ舎が艇内にあったため良く覚えている。確か名前は。
「バッツ……」
「お、覚えてくれてたんだ名前」
 立ち上がって嬉しそうにこちらに歩いてくる。僅かに壁の内側に立った男は、久し振りと声をかけてきた。
 普段なら無視するところだろう。だが今は駄目だった。普段の自分を装いきれずに、会釈を返す。よく考えれば絡まれるきっかけを作ったのはスコールである。
「いやー、靴落としちゃってさ」
「……おとした?」
「ほら、夜風が気持ちいいだろ?裸足になってちょっと堪能してたらさ」
 風に持っていかれた。そういって笑うバッツは楽しそうだ。スコールには理解できない行動原理だが、靴を履いていない理由は諒解した。
「ま、ビュエルバは道も整備されてるから」
「…………靴はあるのか」
「艇に戻れば同じのが一足くらいあるさ。入れてもらえるかどうかは別だけどな」
 そのまま市街地へと向かう彼を引き止めてしまった理由はわからない。ヒトが恋しかったのだというのは簡単だが、少し違う。
 自身の思いを掴めずにスコールは瞼を閉じた。戸惑ったように袖にかかった手を見るバッツはやがて笑った。それは楽しそうな笑顔とは違う、優しい顔だった。

 今ならわかる、とスコールは手の中の靴を見る。
 ここはあの夜の空中都市ではなく、潮風と海鳴りに囲まれたフォーン海岸のハンターズキャンプだ。バッツとジタンの二人は海に突撃だ。残されたスコールも久し振りに泳ごうかと思っている。
 気流の関係だろう、ハンターズキャンプに流れ着いた彼の靴。あの時、他人が恋しいのだと思っていた。
 そう、今ならわかる。恋しかったのは他人ではない。
「スコール、入るならさっさとこいよ!」
「おま、バッツそれ反則だ!」
「ファファファ、反則などなーい」
 求めていたものをいともあっさりとスコールに差し出したあの男だ。


スコールって結構自分の感情を把握してないタイプだよね!
2009/04/20 : アップ