トーストが焼けた。耳障りなビープ音と耳に快い足音。トースターのドアが開いて閉じる音と、陶器が木とぶつかる音。それらをぬくぬくとしたベッドの中で聞きながら、バッツは幸せをかみ締めていた。
 休日の遅い朝、窓から入る光は暖かい。抱き締めて眠りに落ちた体は今居ないが、笑い声が零れるのを止められない。
「バッツ、起きてるなら」
 手伝え、とスコールが寝室の入り口に立った。Tシャツとジャージの上から紺色のエプロンを羽織った少年の姿にまた微笑む。片手におたまを持ってもう片手を腰において、整った貌の眉を顰めてバッツを見ている。その姿こそが幸せの具現で、その姿こそがバッツの求めるもので、その姿がある場所こそがバッツの旅の終わりだ。
 手招きすれば不機嫌そうなまま素直に従う。衝動のまま抱き締めればおたまがバッツにぶつからないようにする配慮が嬉しい。顔は一生懸命不機嫌だが、拒まないのが彼の詰めの甘さだ。
「おはよーのちゅーして」
「……朝から沸いてるな」
「だってスコール可愛いんだもん」
 可愛い可愛いと連呼しながら胸に頭を擦り付ける。本当に幸せだと思う。何もない休日で、好きな人が居て、一緒に暮らしていて、朝ごはんを作ってくれて、一緒に食べようとしてくれる。腹の底から嬉しくて幸せで満たされて声が押し出されて幸福の音になる。胸が苦しいくらいに、彼と彼の全てが愛おしい。
 上から溜息が聞こえ、だがそこに僅か滲む笑い声にバッツは安心する。片手で顔を上向かされて、青い瞳が近付いてくる。やがて長い睫毛と共に伏せられ唇に柔らかい感触が触れた。すぐに顔は背けられたが、頬が赤くなっているのを見逃すはずなどない。
「おはよう、スコール」
「……おはよう」
 体を起こしたスコールはすぐにキッチンへと走っていってしまった。スリッパの立てるぱたぱたという音が似合わなくて、だがどこか似合っていて。
 バッツは一回伸びをすると、ベッドから降りる。野菜を切る音が家の中に響いている。リズムのいい音につられて足取りも軽くなってしまう。洗面所で身なりを整えてダイニングへ向かった。テーブルにはバランスの良い朝食が並び、名残のようにほんの少し赤くなっている頬をしたスコールがいた。
 完璧だ。完璧すぎるほどに、完璧だ。

「そんな、夢を」
 握られた手が強く痛む。足の痛みは麻痺しているのに、彼が与える痛みはすぐに解る。
 ああ、これも愛なんだな、と思わず微笑んでしまった。彼が舌打ちした音が聞こえる。ジタンにポーションを頼んでいる甘く響く声に、もしかしたらと思う。
 そうだとしても、この一言は言いたい。言わせて欲しい。
 いつも彼からすればふざけている自分がここまで真剣になっているのだから。これ以上ないくらいに強い掌が嬉しい。愛しても愛しても見返りなどこないが、見返りを求めて愛しているわけじゃない。彼の一言手の強さ声に滲む痛みそれらがほんの少しだけ向けられればいいのだ。
「おれは、見たいよ」
「喋るな……っ」
「スコール、と」
 夢のように完璧な愛も嬉しいに決まっている。だが、あれは夢だ。バッツが思い描いたバッツの視点だけの幸せ。本当はスコールにも夢を、スコールが見たい夢を見て欲しい。出来るならその隣で笑っていたい。一緒に暮らしていたい。
 ぽたぽたと癒しの雫が降ってくる。その暖かさに眠気が襲ってくる。まるでそう、休日の遅い朝、ベッドに寝転んだまま享ける陽射しのよう。

「……めっちゃ幸せそうな寝顔だな」
「…………ああ」
「で、どうするんだよ」
「………………」
 すやすやと眠るバッツを膝に乗せても尚、幸せそうなスコールにジタンは肩をすくめた。


実は途中までケッチャムリスペクトになりかけてました、がやっぱ58はふわふわほわほわにしかならなかったです。だが絶対いつかケッチャムリスペクトをしてやる。
2009/04/20 : アップ