崩れかけた神殿の上、荒廃した夜にスコールは在る。ひたと見据える視線の先にはゆるやかな笑みを崩さないバッツが在った。
 ただ二人だけの邂逅。月の夜以来の再会は懐かしさと痛みを同時に胸へと投げ込んでくる。朽ちた石像が足元で音を立て、それが合図だったかのように対峙した二人は動き始めた。右へ跳べば何もない場所から水が噴き出し、斧が飛んでくる。回避しつつガンブレードで斧を弾けば白い光球が眼前を過ぎる。
 情を抜きにしても戦いにくい相手だ、とスコールは心の中で舌打ちした。確実にアウトレンジから狙ってくる上に動作が速い。そもそも彼は仲間の技を見抜いてものまねし使用する。魔法も近接攻撃も、先ほど見せたフリオニールのものまねもそうだ。バッツの選択次第でレンジを選ばない攻撃が可能なのだ。そしてスコールはと言えば、魔法弾程度しかアウトレンジ攻撃は持っていない。傭兵として白兵戦を行うことが役割であったのだから、アウトレンジからの攻撃は出来なくてもサポートがいた。だがバッツは一人で全てを行うことを求められていたのだ。
 唇を噛み締める。コスモス陣営の中で、一人で在ることに慣れていた男。それは彼だけだ。
「何を、考えてる?」
「あんたのことを」
 フラタニティの青い刀身をガンブレードで受け止めると、反動を利用してバッツはそのまま跳び退った。
「意外と冷静なんだな」
「取り乱した方がよかったか」
「うーん、むしろ冷静でよかった、かも」
 海色の刃を収めて二振りのダガーを現すと、感触を確かめるように軽く振っている。攻撃というよりは手遊びのようだ。だが、そこからいつ攻撃に移るか全く予想がつかない。警戒しつつ様子を窺った。
 肩をすくめたバッツは口を曲げた。
「可愛くねーの」
「誰の所為だと思っている」
 他人には誰かを頼るように言いながらも、その実自分は誰にも頼らない。懐に入れたものすら必要とあらば遠ざける。全てを刹那の感情と切り離すことが出来る男はもしかしたら本当にカオスの手なのかと、疑ったこともあった。
 いや、とスコールは苦笑する。疑うという段階に到ることも出来ずに思考を停止していた。理屈で言えばスコールにバッツを責める理由はない。
「泣くくらいならやらなければいいんだ」
「……ッ!」
 その言葉に触発されたのか、バッツは一気にダッシュで距離を詰めてきた。二つを振るう間際、嬉しそうな瞳がスコールを射抜く。
「クジャが見てる。ちょっと、本気出すな」
 ガンブレードごと飛ばされるような振り下ろし。スコールだって鍛えているはずなのに一度も膂力で勝てたことはない。思わずたたらを踏むと、暗黒の槍が突き出された。
 まともに喰らってしまい下へと吹き飛ばされる。そこだけ威容を残した玉座に背中から落ちれば、背骨が悲鳴を上げる。小さくうめき声を上げるとバッツの言葉通り、死神と呼ばれる男が現れた。サディスティックな笑みを浮かべたまま空中からスコールを見下ろしていた。
「ふーん、これが君の玩具かい?中々いい声で啼くじゃないか」
 滑るように空を飛ぶ彼を睨みつける。ますます楽しそうに嗤うと、クジャはスコールの額へと手を伸ばした、が。寸前でバスターソードが間へと入った。
「触るな」
 バスターソードの柄に片足を、もう片足を鍔に乗せて、クジャを見下ろしている。こちらに背を向けているため顔は見えない。その声に滲んだ独占欲に胸が跳ねた。馬鹿らしいと思うが、やはり好きなのだから仕方がない。低い声に首を斜めにしたクジャは鼻を鳴らした。
「嫉妬深い男は嫌われるよ?」
「あんたに言われるとは思わなかったよ」
「…………まあいいさ。とりあえず僕は行くよ、君は中々こちら側――のようだから」
 せいぜい楽しみなよ、と言い捨てたクジャの周りに呼ばれた闇が消えていく。闇が空気に溶けたとき、すでにクジャは消えていた。
 息を吐くと玉座から体を起こす。背骨はまだみしみし言っているが折れてはいない。気遣いつつ玉座に座りなおせば、上から。
「うわああああああああああ!」
 という悲鳴と共にバッツが降ってきた。背骨がみしり、と音を立てる。まだ大丈夫と言えば大丈夫だが、などと少し思考が遠くなった。明日は一日起き上がりたくない。そういえば高所恐怖症だと言っていたか。
「わ、悪いスコール!」
「……なぜ、上に落ちてくる」
「狙ったわけじゃないんだけどな、ごめん」
 抱きついているような格好のまま、肘掛に手をかけてバッツはスコールの顔を覗き込んでくる。グレーの瞳は相変わらず嬉しそうだ。顔が近付くと軽いキスを落とされる。抗わずに瞼を閉じれば舌がするりと入り込んだ。
「バッツ」
「スコール」
 触れる以前に逢うことすら久し振りだった。触れ合ってしまえば時間の経過も立場の変遷も意味を成さなくなる。自身の現金さに呆れるが、これが吹っ切ったということなのだろうか。それとも、吹っ切っても触れたいと思う心は切れないだけなのだろうか。
 ジャケットを脱がす手を止めて、目を合わせる。
「後で一発殴らせろ」
「あとで、ね」

 殴った頬をさすりながら、バッツがシャツを投げて寄越した。
「中々いい殴り心地だった」
「そりゃ良かったよ」
 玉座に背を預ければ背骨がまだ少し痛む。硬い石が骨に直に当たってそれも痛い。クジャがいた時は半分演技だったとはいえ、この男の本気はかなり危険だ。顰めた顔をどうとったのか、服装を整えたバッツはこちらへ向かいながらちょいちょいと手招きした。
 億劫だが立ち上がれば、バッツが玉座へと座り込む。呆れかけたところで腕をとられ、バッツの上に座る格好になった。
「背中痛いだろ?ごめんな」
「……これくらい、どうということはない」
「何も訊かないのな」
 首元で囁くように言われ、肩をすくめた。訊いても答えないということは解りきっているし、そもそも。
「ああ。ゴルベーザに教えられた」
「…………セシルかー。うん、恐いよなあ」
 黒い魔道士は巻き込んだことについての丁寧な謝罪と事情の説明をしてくれた。説明を聞きながらも彼とコスモスがバッツを選んだことを誇らしく思ってしまうところがあり、どうしようもないのは自分だということを再確認したともいえる。
 この男を愛したのはスコールだ。愛し続けることを選んだのも、スコールだ。
「あんたこそ、疑われてるんじゃないのか」
「大丈夫、なんたってジョブマスターだからな」
 抱き締める手を握る。痛む腰と背骨を宥めつつ体を反転させると、目を見開いたバッツの、殴った右頬にキスをした。


デレデレだぁ……。天使の自動筆記に任せたらこうなりました(なんという言い訳
でも実際開き直ったスコールさんってバッツがうろたえるくらいデレデレだと思うんだようん。

2009/04/11 : アップ