ファーラム。言葉が響く。三者三様に大地を捨てた男達がひっそりと朝焼けの中空へと駆け出していく。ファーラム。光の女神、自由の女神への祈りと敬愛とほんの少しの怒りを込めて言葉を紡ぐ。ファーラム。世界は美しくも果敢無く、永くも在らず、ヒトはただ運命と呼ばれる流れに祈るしかないと納得できなかったヒトビトの、置いていきたかった諦観と悲しみと恨みの篭った祈りの言葉が空へ融ける。

 艇を発進させる前の儀式を終えるとバッツは後ろを向く。艇の整備士であり気の置けない友人でもあるジタンが地図を開いた。今日の目的地は砂漠の中の美麗なる王都だ。ビュエルバからはやや遠いが問題は無い。最速の空賊には劣るがバッツの艇も中々のものである。それこそ、アルケイディアなど鈍いと酒の肴に出来る程度に。
 しかし、たとえ帝国軍に見つかったとしても問題はない。
 言葉少なくジタンにルートを訊ねている少年――いや、男と少年のその境目にあってやや男に軍配が上がるだろう微妙な年頃だ――こそ、このビュエルバにおいて最大の収穫でありそしてこの艇に必要な最後の人材だった。
 元々知人ではある。幾度か仕事として艇に同乗させたこともある。クランで天才と呼ばれる程の戦闘技術と情報収集能力を持ち、だが常にたった一人で依頼をこなし続けた孤高の獅子。まさに天から授かった才能としか言い得ない視野と回転の速い頭脳はそのまま飛空艇乗りにも必要なものだ。
「……なんだ」
「べっつにー?」
「いちゃつくんならオレがいないとこでやってくれっての。んで、ルートはこれでいいのか?」
「頼むぜー」
 ひらひらと手を振って自動飛行に切り替える。ビュエルバ周辺はそれほど危険ではない。多数の帝国軍が常駐しているラバナスタ近辺までは優秀なパートナーの選んだルートと艇の性能を信じて進むのがバッツ流だ。
 伸びをしてもう一度操縦席から世界を見る。朝日に照らされた雲海はやはり何もなく、何もないがゆえに美しかった。
「ん?どした」
「……あんたは、キルティア教の信者なのか」
 居住区にさっさと引っ込んだジタンと違い、まだこの艇での自分のペースを掴めていないのだろう少年は居辛そうにバッツの横に来た。一度前を見てから表情の薄い顔が向けられる。幼さを残した容貌でありながら零下の触れにくさを併せ持つ顔立ちは美しいと同時にどこか果敢無い。ヒトの生きる熱で溶けてしまう氷の像のようだ。
 実際は溶けることなどないし見掛けより熱いことも知っているが、どうしてもそう感じてしまう。
「違うよ。おれは単に、ファーラムって女神様が好きなだけさ」
 自由と光の女神は地上から大空へとバッツを導いた。砂だらけの砂漠の中の故郷、そこが悪い場所だったとは思わない。風は駆ける、砂漠から荒野へ、荒野から森へ、森から海へ、そして空へ。
 自由は最も重く最も軽く最も不動にして最も流動する。それをヒトに約束した女神は、風の定めを受けた自分には相応しい気がした。
「おれを空に呼んだ女神様だからな」
「そう、か」
 ロザリア風の服装が良く似合う少年は俯いた。しばらく無言の時間が流れる。砲撃手。それが彼に委ねられたこの艇での役割である。ただしそれはあくまでもこの艇の、であり、バッツが半ば強引に彼を艇に乗せた理由はまったく別のところにある。勿論、彼のその砲撃手としての能力も欲するところではあったのだが。
 額の傷に触れると、弾けるように顔が上がった。そっと唇を合わせる。ほんの僅か身じろいだが、少年は静かにバッツの接吻を受け入れた。
「ファーラムに呼ばれなきゃ空の中にいたスコールに逢うことも、出来なかったしな」
「……ああ」
 空気の薄い空の色をした瞳が雄弁にバッツに語りかける。微笑みを返してバッツは再び、ようやく口説き落とした恋人に口付けた。


バッツは東ダルマスカ砂漠の出身でジタンはヴィエラと人間のハーフかつアルケイディア出身、スコールはロザリア出身。みたいな 妄想。続くかも。どうだろう。
2009/03/28 : アップ