真珠の耳飾と鎮静剤の逆襲

 革靴がぬれた草を踏みしめる。バス停の近くにある公園は夜だというのに人が多い。人間よりも敏感な視覚と聴覚を持っているであろうスコールは瞼を伏せていた。
 苦笑してバッツはベンチの横を通っていく。座る男女の顔は見えないが、雰囲気は解る。邪魔そうな視線に肩をすくめて応えとする。バッツのマンションに帰るにはこの道が一番早いのだから仕方が無い。そこそこ広い公園のベンチは夜に限り、満席だ。そんな中を通り抜けるのは既に慣れている。
「大丈夫か、スコール」
 小さく訊ねれば僅かに首が上下する。暗闇にうっすらと浮かぶ首筋が赤い。硬派な行動に合うのか合わないのか、想像以上に純情なようだ。
 可愛い、と思う。寄る辺なさげに肩を縮める姿は昼間の堂々とした彼とは別人のようだ。兄弟という絆に多少の憧れを持っていた、だから余計に感じてしまうのかもしれない。
「ほら」
 縮こまる彼の手を握る。弟が出来たような心地よさ。
「行くぞ」
 一瞬、呆気に取られてバッツを見たスコールだがすぐに顔を伏せてしまった。手は振り解かれず、そのままだ。鼻歌でも歌ってしまえそうなくらいテンションが上がる。飼い主であるというだけでなく、彼の家族になれればいいと思う。あの警戒と諦観に満ちた青い瞳が自分によって癒されればいいとも思う。孤独はどこまでも心の隅に蟠るのをバッツも知っているから手を差し伸べたい。

 結局そのまま手を引きながらマンションまで帰ってきた。バッツとしては子供の手を引いているのと然程変わらない感覚なのだが、17歳と言えば思春期真っ盛りである。暗いところは兎も角も、明るいところでは恥ずかしいのか俯きの傾きが鋭角に近付いていた。
「そろそろ……離してくれ」
「あ、悪い」
 手を離せば恥ずかしそうに顔を背ける。荷物を抱えるようにすると、こちらを見ずにマンションのエントランスに入っていった。オートロックの鍵を持っているのはバッツだから、入れないに違いない。
 追ってエントランスに入ると、そこにはマンションの管理人のジェクトが立っていた。
「お、バッツ」
「ジェクト!ボコありがとなー」
「構わねえぜ。あの鳥、中々話が解るからよ」
 スコールはと言えば、エントランスのソファに軽く座り込みジェクトを注視している。ガラスの自動ドアはジェクトの向こう側だし、何より鍵がないと開かないのだ。警戒しているのがありありと解り苦笑する。
「んで、そっちの綺麗なお坊ちゃんはアンタのツレかい?」
「ああ。スコールってんだ。ちょっと同居するけど、構わないよな」
「別にいいぜ?大人しそうだしな」
 煩くてもバッツの部屋は防音だから構うことはない、と笑うジェクトに肩をすくめるとスコールに向き直る。
「こちらジェクト。このマンションのオーナー兼管理人」
「……お世話になります」
「おーおー、上品なこって」
 スコールの肩を叩いて再度笑うと、ジェクトはドアを開けた。すぐにスコールが横をすり抜けてエレベーターへと走っていく。その後姿を見送りながら、二人は歩き出した。
「そういやバッツ」
「ん、何?」
「おめぇが誰かと手を繋ぐのって珍しいな」
「まあ、緊急事態ってやつだからな」
「世界的ピアニストの手を触るとか、あの坊ちゃんはいい度胸してるぜ」
 そんなにいいものではない。だが否定するのも少し違う。確かにバッツの商売道具は自身の手だ。これだけでバッツは生きてきたし、これからもこれだけで生きていくつもりである。
 まだスコールの体温が残る掌。握り締めながらエレベーターに乗り込んだバッツには、ジェクトの呟きは聞こえていなかった。

「あいつ、犬も坊ちゃんと同じ名前で呼んでたよな……」


ようやくジェクト様きた!書けた!!ていうかなんでこいつらデキてないのにいちゃいちゃしようとするんですか……?
2009/05/08 : アップ