心の底からの旅人が確固たる目的を求め続けることは、事実不可能である。旅人であることが存在意義となっているのならば、目的を定めてしまうことになるからだ。目的があれば旅の終着点もある。新たな旅を続ける選択肢もあるだろうが、そうしてしまえば目的はまた消えてしまう。それは確固たる目的、とはいえないだろう。
漂う者達は漂い続け移ろい続けまだ知らぬ場所、まだ理解できぬ場所へと風に飲まれて消えていく。それが運命で、だからこそ彼らは根無し草と嘲笑われるのだ。
バッツは旅人をしている。だが存在意義までは旅人ではない。バッツの目的は旅をすることであり、バッツはバッツとしてのアイデンティティを確立している。当然帰る場所もあるしどっかに可愛いお嫁さん候補がいれば定住するつもりでもある。
だが、それら全てを捨てて本当の、心の底からの旅人になってしまってもいいかもしれない、とバッツは思ってしまっている。
顎に手をあてて考える。
もし自分が本当の根無し草になってしまった場合、真っ先に怒るだろう三人と、悲しむだろう一人と。そして自分が会えなくなったら悲しい(勿論、相手も悲しんでくれるに違いない)一匹と。それと、目の前のこのただ一人。自分は分かれた二つのどちらを取るだろう。
難しい問題だ、とバッツは悩む。
「世界を投げ出して一人を得るか、一人を投げ出して世界を得るか」
「なんだそれ?あんま考え込むと熱出すぞ」
「うーん、おれも実はそう思う」
見上げる猫に似た少年に、ジタンはどう思うと訊いてみた。自分以外の意見を取り入れることも重要だ。
「んー。難しいな、それ」
「だよなー。さっきからずーっと考えてるんだけどさ、中々どっちとも決められなくて」
二人して考え込むが、答えは中々出そうにない。
やがてジタンが耐え切れないという風に身体を伸ばした。そうやるとまるで猫みたいで面白い。頭を撫でれば、ちょっと不満そうだが嬉しそうだ。いい弟分が出来たとバッツも嬉しい。
「もうなー、俺ぜんっぜん選べねーから一人を投げ出した後にソイツをキャッチしてやる」
「なげだしたあとに、きゃっち?」
「だってどっちも選べねーもん。だから、両方俺のモノにする」
確かに、選ばなければいけないということはないのだ。
「それ、いいな」
「だろ?」
もしも、もしも。自分の場所に戻っていったとしても逢える方法を探せばいいしそれが一方通行じゃなきゃいけない道理もない。ならば思い描ける最高に幸せなシナリオを実現してしまえばいい話だ。
それは旅人であるかどうかなど関係なくいやむしろ、旅人で時間はないけど余裕のあるバッツにうってつけのシナリオではないだろうか。やはりバッツはバッツとしてしか在れないのだから。
ただ、まだ、いやかなり気が早いことは確かだ。二人の先をしっかりと歩く、年齢の割にきちんとした彼にまだ告白もしていない。
スコールのことが好きだよ、と。
頭から離れない笑顔に、もしかして、と思い始めたのはつい最近だ。そんなことはない、自分には帰りを待っていてくれる人が居ると必死で思って笑顔を消そうとする。それでも、離れない。
なんてことだ。これは任務で、相手は別の世界から来た人間だ。年上であるにもかかわらずそうは見えないテンションで少しだけ父親に似ている。後先を考えない所や大抵のことは笑って済ませてしまう気楽さなど、どう考えても自分とは相容れない。
やばい、と思う。こうやって考えてしまうことがまたいけない。なるべく思考に上らせないようにしなければならない。
イミテーションをガンブレードで叩き伏せ力を抜いた。一緒に行動している二人もそれぞれ倒し終ったのかアイテムについて話している。気付いたバッツが笑顔で手を振ってきた。思わず視線を逸らす。
あの笑顔だ。
最初は能天気な男だと思った。次に意外に博識な友人と父親を思い出した。そして今は、彼の笑顔は彼だけのものになった。
バッツが心の中に住んでしまった。彼でなければ癒せないものが出来てしまった。
厭っていたことだ。いずれ離れていく人間に執着する自分はいなくていいのだ。
背中を合わせて戦うよりも、掌を合わせて接吻したいなどと、正気の沙汰ではないし戦士としても失格だ。
この思いはそうではないと解りつつ願ってしまう。
これが刹那の思い過ごしであるように。過ぎるだけの魔境であるように。
そしてまた、あの笑顔に恋に落ちてしまうと知りながら。
正直、苦痛だ。
バッツとは気が合う。スコールも第一印象に似合わず意外と他人思いで世話焼きないい奴だ。だが、それとこれとは話が別である。
色々とげんなりしたジタンはじゃれているとしか見えない二人から視線を外す。
スコールはスコールなりに真剣に嫌がっているのだろうが目が嬉しそうである。押せ押せなバッツなんか言わずもがな。本来は足を挫いたジタンのために二人で湿布を作るはずが、たかが水汲みだけでなんでああもくだらなく喧嘩できるのだろうか。
意地でも水を汲みに行くつもりのスコールに根負けしたらしいバッツがジタンの横に座った。
「お姫様は手強い?」
「あー、まあ。スコールのが丁寧だから頼んだのにさ」
お姫様発言は貸しな、そういいつつバッツは肩を落とす。
「なんか危ないから行かせない、ってつもりだと勘違いしたみたい」
「そりゃ……また」
「あいつの頭の中、一回覗いて見たいよなあ」
かなりメルヘンワールドが広がっているに違いない。ああ見えて意外と熱くて夢見がちなのだ。いつもクールに構えている彼の脳内を想像して二人で笑った。
話している間も薬草を取り出して手際よく塗り薬を作るバッツは旅慣れている。ジタンも旅をしていたが、それはもっと大掛かりで、そのため一人で何でも出来るというわけではない。文字通りの旅人であるバッツは大抵のことを一人で並以上に出来た。
それがきっとスコールの色々な部分をちくちくと刺激しているに違いない。
バッツはさらりと全てをこなす。気負いや自信は全くなく、ただ出来ることをこなしているだけだ。軍人として教え込まれたスコールにはそれが不思議で、眩しいのだ。
仕方ないか、とジタンは腹を括る。
二人が好きで、一緒にいると楽しい。そして願うことなら巧くいってほしい。ならば容認していくしかない。
年上のはずだが駆け引きに関しては二人とも自分以下だ。玄人としては見守るのが正しい選択だろう。
「さっさと告っちまえばいーのに」
バッツがすり棒を落としたのが見えた。
ほい、と言って手渡されたのは花の冠だった。白くて鞠のような花で作られたそれは中々の力作だ。スコールはそう思いながら、どうすればいいか解らずに渡した相手を見つめた。
「色男に見つめられると照れるぜ」
「……なんだ、これは」
「花冠。知らない?」
「いや、そうじゃない」
バッツは笑うと、花冠を奪いスコールの頭に載せた。
「うん、やっぱ似合うな」
腰に手をあてて数回頷く。反応できず呆けていたスコールはそこでようやく我に返った。
バッツはすでに足を挫いたジタンの元に行ってしまっている。湿布を換えなければならない。
だが、スコールは動くことが出来なかった。四葉ばかりで編まれた花冠は彼から貰った二番目で初めてのものだ。借りていた羽ではなく、スコールのために作られてスコールに与えられたものだ。
それがこんなにも嬉しい。
嬉しいと同時に、こんなにも痛い。今のスコールにとって、幸福の象徴は彼自身と同じだ。
響く痛みを癒そうと、花冠を外して胸に抱いた。
「アンタはッ」
珍しく声を荒げたスコールにバッツは目を見開いた。
ジタンは足が全快してとにかく動き回りたいらしく、一人で食料の調達に行ってしまって二人きり。ジタンが何をとってくるかわからないが、お茶でも淹れようと火を熾して湯を沸かしていたところだ。
「ど、どうしたスコール?」
「アンタはッ、いつも、そうやって!」
いきなり立ち上がってバッツを睨みつけたのだ。しかし、バッツが視線を合わせようとしても微妙なところで逸らしている。手負いの獣に良く似ていると思いながら無言でまた視線を合わせてみる。
逸らされた。
何かしただろうか、と考えてみても、スコールに何が飲みたいか訊いただけだ。怒鳴られるような悪戯も仕掛けていない。
すでに激情は去ったようで獅子は気まずそうに立ち尽くしている。握った拳が揺れていた。
「……おれ、スコールに何かしたか?」
「してない」
「じゃあ、おれが気に入らない?」
「そういうわけじゃ、ない」
立ち上がって近付いてみる。一瞬だけ反応したが、逃げることはしなかった。
「目、合わせてよ」
「…………ッ」
下から顔を覗き込めば青い瞳が煌いていた。綺麗だ。セシルやクラウドと同じく、スコールは美しいと形容できる顔立ちをしている。欠けた神像のように額に走る傷が彼を戦士だと知らしめる。
その美しい顔が怯えを映してバッツを見ていた。その瞬間、高らかに戦いを告げ剣と舞う天人を地上へ引き摺り下ろしたことを識った。彼の人生の季節を一つ、回したことも。
「何でも言っていいよ。遠慮すんな、スコールが嫌なことならおれやめるし」
「アンタは、そうやっていつも」
離れようとする子供を引き寄せれば、大して抵抗もせずに腕の中に落ちてくる。体温が暖かい。
「おれはスコールのことが好きだよ」
そう告げれば腕の中の体が怯えたように震えた。バッツよりも背が高いのに、しがみつくようにして顔を埋めている。
「スコールが好きだから、心配すんな。幾らでも甘えてこいよ」
十を超える世界の中で、ただ一人だけなのだ。「スコール・レオンハート」、愛おしい名前をそっと呼ぶ。子供にするように背中を叩いて頭を撫でる。なんてアンバランスで、強くて、哀しい子供なのだろう。
強さも弱さも、一人で立とうとする孤高の獅子を飾るだけだ。心の内を誰にも教えずに強くあろうとする精神が愛しい。そしてバッツに弱さをさらしてくれた感情が愛しい。
「……俺は多分、アンタが思ってるより嫌な奴だ」
「そこが可愛い」
「可愛い……とか、言うな」
「いいからいいから、大人しく愛されなさい。年上の言うことは素直に聞く!」
動かないスコールを強く抱き締めて、バッツは髪にそっとキスをした。
スコールにとっての幸せのおまじないはバッツだという感じで。
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2009/02/16 : アップ